僕らに人の善意をお金ではかる権利はない。【謙虚さとリスペクトを忘れない】
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僕らに人の善意をお金ではかる権利はない。【謙虚さとリスペクトを忘れない】

2020.07.01
2020.06.29

どうも、コウタです。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動しています。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは2020年6月で1,200日を突破しました。

外出自粛で運動不足やストレス発散が出来てない方は、僕が毎日欠かさずやっているダイエット効果バツグンの自宅トレーニングをまとめたのでチャレンジしてみてください。また、外に出て運動する方へ、これからの時期持っていると便利な「コスパ最強のランニンググッズ」を紹介したのでこちらも合わせてご覧ください。

前置きに、少し自分の過去についてお話しさせて頂きます。(どうかお付き合いください)

僕は過去にちょっとした「貧乏」を経験しています。

貧乏の基準というと人それぞれだったりするのですが、僕が経験した貧乏は「水道・ガス・電気」は止まっていて当たり前、食費は男4人で月に1万円、家の敷地内と周辺は荷物だらけで市から道路整備される始末。(賃料延滞によって契約解除されたレンタル倉庫から返却された荷物)

親の事業が上手く行かなくなった事がキッカケですね。同時に家族の心も分裂しました。

ある日、家に知らないおじさんが入って来たのをキッカケに、次の日から家に入る事が出来なくなりました。突然のことで、思い出の品と最低限の荷物を持って、僕は実家を失いました。

その貧乏生活は、そこから少しずつ良くなってはいきましたが、結局は約2年ほど続き、僕は周りの友達が大学生活を送っている時期に家族を養うために「無賃労働」をしていました。

貧乏を経験しているからこそ、今このコロナ渦中で苦しまれている方の気持ちは痛いほど分かります。

そんな方に対して僕が出来る事とすれば「費用の割引」とか「無料でやる」とかですね。僕はそもそも「お金で仕事を選んでいない」ので、しっかりとした理由や善意があればそれなりの対応をします。

現に僕のクライアントさんは、コロナ価格(通常の30%~50%引き)での対応に変わっています。あとは補助金を使うサポートをしたりとかですね。

僕にも生活があるので限界はありますが、出来る限り助け合いたいと思っています。

今回は「謙虚さとリスペクトを忘れない」ということについて、「僕らに人の善意をお金ではかる権利はない」というお話をしたいと思います。

僕らに人の善意をお金ではかる権利はない。

人間には、誰かが困っていたら手を差し伸べようとする「善意」があります。それが「どの程度か」や「偽善かどうか」は、人によって違います。

例えば、コロナの隔離病棟として「アパホテル」が全棟提供をしたのは記憶に新しいと思いますが、これはれっきとした「善意」ですが、もしかすると裏に「広告(マーケティング)」の発想があったかもしれません。(※絶対にないと思います)

要するに、色んな背景がある中で、それぞれ「出来る限りの善意」を提供しようとしてるんですね。

「募金お願いします!」って、街頭で募金活動してる人に10円を渡して「10円だけかよ!」って言われたら驚きません?

だから「自分の身をどこまで削るかを基準に善意をはかってはダメ」なんです。(そうなる気持ちも分かります)

誰だってみんな、あなたの力になりたいと思っている気持ちは変わらないんです。その気持ちだけは絶対に忘れちゃいけないです。(そもそも自分が困る状況を作ってなかったら助けてもらう必要もないんだから)

年収1000万円の人と、年収100万円の人からもらう1万円の価値は同じ。

日本人ってお金の話になると「汚い」と感じる人が多くて、お金持ちの人を見ると「銭ゲバ」とか言ったりする人がいます。

元ZOZOの前澤さんが度々やっている、Twitterでの現金プレゼント企画(お年玉100人に100万円企画など)は有名な話ですが、彼のコメント欄には「もっと配れ」「売名行為」とか、コロナ渦中では「お金があるなら寄付しろ」「偽善者」とか酷いわけです。

逆の立場で考えて、皆さんにお金があったら見ず知らずの人に配れます?

僕は出来ないし、もしやれるとしたら自分が知っている範囲の人たちをサポートするくらいですかね。(その人のお店を利用したり、商品を買ったり)

お金持ちの人のお金に対する感覚が自分と違うということではないんですね。貧乏や辛い下積み時代を経験して来たお金持ちの人からすれば「1万円の重みはあなたと変わらない」です。

ここは絶対に勘違いしてはいけないと思います。今を見るんじゃなくてそこに至るまでを見てください。

「スラム街で食料を分けてもらう気持ち」と「お金持ちから1万円支援された気持ち」は、環境やシチュエーションが違っても感謝の気持ちとしては同じであるべきなんですね。これは人格の問題です。

例えそこにお金が発生したとしても「謙虚さとリスペクト」は忘れない。

例えば、僕がデザインの仕事をAさんから10万円で依頼されたとして、Aさんはお金に困っていたので善意で5万円値引きしたとしましょう。そしてAさんは、お店の内装をBさんに依頼したとして、Bさんは「お金に困っているなら無料でやりますよ」っていう対応をしたとする。

そうなった時に「Bさんは無料でやってくれたのに、アイツ(僕)はお金を取りやがった偽善者だ!」という印象になることもあるんですね。(怖い怖い)

ただ、最初にも書いたように、普段の30%~50%引きの価格で仕事をやるってことは、生きていくために普段の2倍くらい仕事をしないといけないってことなんですね。(もともと大して裕福なフリーランスではないので)

僕が貧乏な時に国は助けてくれませんでしたが、今は大きな給付金があるのは正直羨ましいなって思います。

要は、今に至るまでかけてきた時間や努力は違うし、現状の生活面での余裕や、お金に対する価値観は人によって違うからこそ、そもそも「善意という行動にリスペクトを忘れてはいけない」ってことです。

「お金でブレない心」を、貧乏を経験したあの日から忘れない。

あの日から僕は贅沢をしませんし、興味がありません。

服を買うのも年に1回あるかないか、必要最低限を1つずつ持ち、こまめに手入れして長く大切に使います。外食もせず、チラシを見てスーパーに行き、特売商品を買って自炊しています。

毎日、自宅にこもり仕事と勉強の繰り返しです。毎日トレーニングも続けてますし、ランニングは連続1400日を突破しています。一応それなりに努力しているつもりです。(腹筋が常に割れてる程度)

そんなことを継続出来るのは「貧乏を経験した日」があったからこそです。心は冷め切って鬱も経験しました。

夢に向かって少しずつ前進していく中で、冷めた心は次第に「深み」に変わりました。今の僕自信を作ってくれた良い歴史(ストーリー)だったと、今なら思えます。

人は状況によって、人からの善意に対してもランク付けをしてしまうこともあると思います。でも、きっとそれは自分の心が冷めている時なんだと思います。

そんな時こそゆっくり自分を見つめ直して「リスペクト」の気持ちを取り戻したいなって心がけています。

まだまだコロナの影響で大変な時期は続きますが、みんなで助け合いながら一緒に頑張りましょう。

では、またね。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer