【優しくなりたい】強くなるためにを僕が変わりたいと思うこと。
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【優しくなりたい】強くなるためにを僕が変わりたいと思うこと。

2024.01.08
2020.08.20

どうも、コウタです。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し5年目となります。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは1,300日(20207月現在)を突破しました。

外出自粛で運動不足やストレス発散が出来てない方は、僕が毎日欠かさずやっているダイエット効果バツグンの自宅トレーニングをまとめたのでチャレンジしてみてください。また、外に出て運動する方へ、これからの時期持っていると便利な「コスパ最強のランニンググッズ」を紹介したのでこちらも合わせてご覧ください。

今日はいつものブログというより、僕のつぶやき的な文章になっていると思います。良かったらお付き合いください。

僕は独学でフリーランスデザイナーになり、これまで多くの反対や批判(というよりバカにされてきた)があったりで、孤高というか寂しいというか、そんな思いをしてきました。

そんな、何が正しいか分からない中でも、ずっと一人で選択してきました

どんなに売れてない時でも、金銭的にオイシイだけの仕事のオファーが来ても、自分の価値が下がると思ったら全て断ってきたよ

で、最近、そんな特殊な生き方をして来たからこそ、変に自分のプライドというものが根付いてしまってるなって思ったんですね。

ただ漠然と、こういう風になれたら良いなって思うことがあるんです。

それは「聞き上手になる」ということです。

プライドが高いからとか、自信がないからとかの理由で、ついつい自己顕示欲が強くなってしまうことがあるんです。

それを客観的に見たときに「良くないなぁ」と感じていた中で、最近少しずつですが改善出来るように尽くしています。

ということで今回は「優しくなりたい強くなるために僕が変わりたいと思うことについて、お話ししたいと思います。

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くだらないプライドは捨てようと思った。

僕は、昔からプライドはめちゃくちゃ高いですが、その反面、コンプレックスや劣等感の塊です。

後半の、コンプレックスや劣等感の塊という要素がかなり大きくて、これまでの僕の人生の中で大きな原動力となって来た反面で、それが原因で、くだらないプライドを副産物として作ってしまっていました

それが「過度な自己顕示欲」です。

僕はデザイナーなので「作品が光・僕自身は影」といった感じで、縁の下の力持ち的な存在であると感じていましたが、自分自身が光を浴びていたいという感覚が少なからずあることに気付きました。

例えば、少し分かりにくいかもしれませんが、自分が作った作品を「これは僕が作った」と改めて言ってしまうような感覚です。(みんな言わなくても分かってるようなこと)

しっかり伝えないといけない時はもちろんあるんですが、全員が全員ではなく、しっかりと見てくれている人に対して必死になる自分が情けないと感じました。

もっとドンと構えられるような、人になりたいと思いました。

自分が出来る事や不得意なことは、強がらず人に任せようと思った。

これまで全てを自分でやって来て、実際にデザイン全般(ロゴ・紙媒体・WEB制作など)は出来て、加えて写真や動画編集までも、全て一人で出来ちゃいます。(結構なんでも出来ます)

なので、最近はデザイナーというよりは、クリエイターと名乗った方が良いのかな?と思ったりもしています。

それは、せっかく依頼して来てくださったお客さんに対して「出来ません」と言いたくない性格がそうしたのだと思います。

ただ、仕事の依頼が増えた時、「仕事が追いつかない」という問題も出て、どうせなら「信頼出来る周りの人を巻き込みたい」と思うようになりました。

例えば、写真の依頼が来た時に、近くに写真が好きな人がいたら、そこは思い切って任せようとか。

あとは、自分が完璧に出来るようになった仕事に関しても、これから先を担っていくであろう存在に、気持ちよく任せられるようになりました

その空いた時間で、新しいことはやるのはもちろんですが、任せた人たちを「後ろから見守る」という形に出来たことで、なぜか僕は少し冷静になれる気がしました。(ほとんど口出しもしない)

そういう風に出来たことで、僕の背負っていたものが少し軽くなったと同時に「一緒に戦う」という新しい気持ちが芽生えたと感じています。

聞き上手になりたいと思った。

自己顕示欲が強すぎる僕は、あまり人の話に興味を持てない(興味があっても聞きたくない)ような感覚を持ってしまうことがあります。

これは本当に最悪なことであるのは自覚していて、ずっとずっと直したいことでしたが、一人で戦って来た僕にとって、そういう強さがなければメンタルが保てないことも事実でした。

特に、いわゆる「生ぬるい生き方」をしている人たちにとっては、特に強い反骨心が芽生えて、余計にそういう感じを取ってしまっていたと思います。

ただ、それってシンプルな機会損失だなと感じたし、自分を客観的に見た時に、絶対に良い印象を与えられていないなと分かっていたので、下心関係なく「優しい聞き上手」になりたいと思いました。

そんな影響もあり、昔は人との出会いを思いっきり避けて来た僕ですが、最近は多くの人と話す機会(zoomなど)が増え、すごく充実した毎日を過ごすことが出来ています

自分なりの捌け口(アウトプットの場)を作りたいと思った。

僕はめちゃくちゃ短気な人間ですが、何事にもカリカリせず、自分なりの捌け口をしっかりと持って、精神衛生をリセット出来る環境を作ろうとしました。

その捌け口の1つは間違いなくブログで、ただグチを吐くというクソみたいな場に使うということではありません。

どんなに腹が立ったことがあっても、自分の思ったことを一旦整理して、キチンと冷静に文章に残すことで、少しでも僕の経験を文章として伝えていけたらと思いました。

良いことも、悪いことも平等に

しっかりと想いをアウトプットする場は、誰にとっても良いことだと確信しているので、もし酒場でグチばっかり言ってる人がいれば、ブログを始めててみると良いと思います

寄り添える人になりたいと思った。

僕は基本的には「優しい人」であると思っています。(困っている人がいれば放っておけない)

だけど、その表現方法としては「自分の力で上がってこい」といったような、突き放す優しさしか持っていませんでした。

その影響力を作る為には、自分が常にストイックであり、それを自己顕示し続ける必要があったんです

でもそれが、弱さを隠す行動の1つだと気付いた時に、隣に寄り添って、見守ることの出来る人になりたいと思いました

シンプルに言えば「全てを受け止められる人になりたい」という感じです。

強い人は優しい」という、この言葉に尽きると思いました。

自分のケツを叩く意味でも、20代前半の頃は尖り続けることが良いことだったとも思いますが、30歳を迎えた僕に新しい人格が必要になって来た時期なんだと感じました。

強いけど、優しくて、気遣いが出来て、誰に対しても寛容な存在になりたいと、今僕は思っています。

そして少しずつですが、なれて来た気もします。数年前の、針のように尖った僕はもういません。

環境に応じて自分を作るのは難しいと思いますが、何よりも寛容であることはステキだなと思うので、その為に強くなれるように頑張りたいと思いました。

一緒に頑張りましょう。

では、またね。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer