「節目」の印象でもある「桜」を見るとなんだか少し鬱陶しく感じてしまう。
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「節目」の印象でもある「桜」を見るとなんだか少し鬱陶しく感じてしまう。

2022.04.07
2022.04.07

おはようございます。FOURTEENのコウタです。

京都を拠点にフリーランスデザイナーとして活動しており、毎日休まず続けている、ランニングやブログを通じて感じた「継続は力なり」の大切さを発信したりしています。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し7年目。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは1,830日、毎日ブログは610日を突破。(2021年12月31日現在)

いきなり何を言い出すんだと思うんですが、僕は桜(とかすぐに消えてしまうもの全般)が少し苦手で、一瞬で散るからこその美しさというのがまだ良くわかりません。

桜と言われて連想するのは、嬉しいことよりも悲しいこと(寂しいこと)の方が多いし、それよりもどっしりと根を張り、いつも変わらずそこに立ち続けている「ガジュマル」なんかの木が好きだったりします。

ということで今回は、「節目」の印象でもある「桜」を見るとなんだか少し鬱陶しく感じてしまう、というお話をしたいと思います。

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桜のシーズンになったら思うこと。

絶賛桜のシーズンで、外をランニングをしていても、SNSを見ていてもどこもかしこも桜フェアのような状態で、毎年この季節になると「もう分かったから良いよ…」と滅入ってしまうのは僕だけでしょうか。

「桜が咲いているから」という理由で、その下でお花見をしたり、普段は閑古鳥が鳴いているようなところにわんさか人が集まったりって少し違和感を感じるし、「いいとこ取りかいっ」ってツッコみたくもなります。

桜の花が咲いていない時は「これなんの木?」みたいな感じで、いや、むしろそんなことすらも考えてもいないようなレベルにも関わらず、咲いた途端にチヤホヤするあの感じが僕にはなんとも耐えられなかったりします。(綺麗なものに寄って行ってるだけなんですが)

日本を代表するものの1つである桜の美しさというものは理解した上で、やっぱりどうしても僕の中で、なんの思いもなく見れる光景ではなかったりする僕は、どうしようもないひねくれ者なのかもしれません。

人生の「節目」を彩って来た桜についての思い出。

皆さんの中で桜ってどういうイメージでしょうか?「入学」とか「卒業」とか、お仕事でも過去の人生でも新年度を彩る桜だと思うので、やっぱりこういった「門出」とか「節目」を連想する花だと思うんですよね。

ただ、幼少期からの思い出を思い返した時に、僕にとって「桜 = HAPPY」みたいな印象って昔からなくて、どちらかといえば「卒業」とか「別れ」の印象の方が強かったのか、少し寂しい印象を受けてしまうんです。

昔から僕は、自分が年齢的に成長していくことで失っていくものの方が多いと感覚的に思っていて、実際はそうじゃないとは思うんですけど、なんか当時の純粋さとかがむしゃらさってやっぱり無くなっていってる気がするんですよね。

「いつまでも子供でいたい」と僕が普段から思っているのはそういう部分で、当時は「遊ぼうぜ!」って誘ったら「いくいく!」みたいな感じの子達も、大人になった今は「ちょっと家族の予定が…」とかの理由で断られたり、なんかすごく寂しいなって思うし、そういうことを連想させるのが僕にとっての桜です。

芽が出ない頃からがむしゃらに駆け抜けて来たからこそ思うこと。

僕が今、桜になりましたということではないんですが、自分自身の人生の中で「お仕事で芽が出ない瞬間」っていうのは沢山の時間ありました。

その時から「輝いているもの」を見て、羨ましいなとか、鬱陶しいなとか、とにかく劣等感みたいなものをとにかく強く感じていたんですね。で、もっといえば、ずっと輝かない場所で努力しているにたにも関わらず、輝き始めた時にチヤホヤされることも経験しました。

ずっと変わらず同じことをやり続けていることにスポットライトが当たらない(当たりにくい)ということに、心のどこかではすごく憤りを感じることもあるし、そういう意味でもやっぱり僕は輝く瞬間なんて必要なくずっとそこにあり続けるものになりたいと思っています。

桜のシーズンになると少しノスタルジックになる僕。

そんなこんなで、桜のシーズンになると少しノスタルジックな感じになってしまう僕なんですが、別に桜が嫌いというわけではなく、その桜をチヤホヤする様が少し苦手なだけなので勘違いしないでくださいね。

綺麗だなーと思う反面、多くの人が桜に群がってあーだこーだしているのを見ると、「僕はいいや」って思ってしまう性格なので、こういう何かしらのシンボルがあるシーズンに関しては、僕は家でおとなしくしてようと思う感じです。

もちろん「今しかないもの」にあやかることはすごく大切なことだと思うんですが、そういう時こそ「これまでずっとあったもの」がより強い輝きを放つ瞬間もあると思うので、やっぱりこっちがいいよねって言ってもらえるような存在でありたいと思いました。

余談ですが、連日二条城の周りをランニングしていると、ライトアップ?かなんかをやっているのか分かりませんが、500人以上は軽く並んでいるような感じの大盛況となってお理ました。入場するまでにかなり並ばないといけないと思うので、もし来られる際は6時くらいには現地に到着してると一番前くらいで並んで待てるくらいだと思います。

一緒に頑張りましょう。

では、また明日。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer