「子供の目線で考える」は「クライアントの目線で考える」と全く同じこと。
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「子供の目線で考える」は「クライアントの目線で考える」と全く同じこと。

2021.12.03
2021.12.03

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おはようございます。FOURTEENのコウタです。

京都を拠点にフリーランスデザイナーとして活動しており、毎日休まず続けている、ランニングやブログを通じて感じた「継続は力なり」の大切さを発信したりしています。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し6年目。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは1,464日、毎日ブログは242日を突破。(2020年12月31日現在)

いつも自慢げに「俺は子供に好かれる」とドヤっている僕なんですが、その根拠として「誰にも負けないくらい自分が子供だから」という部分があったりします。

仕事柄、自由を求めていたり、発想を柔軟に持っていないと生き残れない世界の中で、変に大人になってしまうと人生が上手く回らないので、良くも悪くも子供のままだったりするんです

ということで今回は、「子供の目線で考える」は「クライアントの目線で考える」と全く同じこと、というお話をしたいと思います。

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僕が子供に好かれる理由を自分なりに考察してみた。

僕が子供に懐かれやすい理由として、きっと子供は僕のことを「友達」だと思っていて、大人として見ずに、ちょっと物知りな友達程度で、同じ立場の人間だと思えるからこそ心を許してくれるんだと思います。

子供は僕に「遊ばれている感覚」がなくて、普通に友達と遊ぶように、一緒に遊びたいと思ってるような感覚だと思うし、その瞬間の僕も同じで、子供達と同じ熱量で遊びたいと思っているので、変な壁やストレスがなかったりするんですね。

僕が子供心を失っていないからこそ、子供のやって欲しいこと(やったら楽しいこと)が手に取るように分かるし、更にはそれを呼吸するように自然に行動に移せるので、そこが1番、子供が僕に心を許してくれる理由なんだと思います。

同じ目線でいることの大切さ。

事実、僕は子供と遊ぶ時に「好かれよう」と思って変に気を遣ったことがないし、嫌なことは嫌、良くないことは良くないとハッキリいうようにしています。

そういう意味で、子供の前でだけ「赤ちゃん言葉」を使う人はすごく気持ち悪いと思うし、きっとそういう感覚を持っている人は、腐っても大人でしかないんだと感じます。(シンプルに見下されて壁を感じる)

大人であることを子供に感じさせないことが「子供と仲良くなるコツ」だと僕は思っていて、この感覚だけ関して言えば、子供だけに限らずに大人でも同じだなと思うんです。

「子供の目線で考える」は「クライアントの目線で考える」と全く同じ。

子供であろうが、クライアントであろうが、同じ1人の人間であることに変わりないし、相手の気持ちを理解することが、相手の理想を提供する最大の近道だと僕は思っています。

お仕事でも、遊びでも関係なくて、人は「自分がして欲しいこと」のイメージは頭の中に自然にあったりするので、その答えとして遊びなら「リアクション」を、(僕の)仕事なら「作品」を返してあげるというシンプルなことだったりします。

この言葉にすればシンプルなことが難しい部分でもあったりするんですが、要するに「子供の目線で考える」は「クライアントの目線で考える」と全く同じと僕は思っている訳ですね。

何をするにしても、全体的に能力の低い僕が出来る最善策は「相手の理想を叶える」ということだけなので、ここに特化した結果今があって、相手の気持ちを理解出来るマインドを持つことにつながっているんです。

相手の気持ちを理解出来るマインドを持つために。

僕はここで、「相手の気持ちを理解出来るマインドを持つ」ということに対して1つの持論を持っていて、それが『相手の痛みを知る』ということだと思っています。

相手のことを理解するためには、「好きなこと」を理解する前に「嫌なこと」を理解してあげることが深くつながっていく上での入り口だと思っています

個人的に、好きなことを提供することはすごく簡単だと思っていて、「チョコレートが好き」と言った人にチョコレートを渡せば喜ぶのは当たり前で、それはキャバクラに通うオッサンが女の子にやってるのと同レベルの浅い行動です。

ただ一方で「嫌なこと」を理解してあげることは『思いやり』に繋がると思うし、その思いやりを前提とした行動をすることが、『同じ目線に立つ』ということに繋がると僕は思うんですね。

自分で言うのも何なんですが、僕は人一倍「惨め」とか「孤独」といった痛みを経験して来たからこそ、そういう目線にたった上で人と接することが出来ているんだと思います。

皆さんも一度、その相手の「好きなこと」は何かはもちろんですが、それ以上に「嫌なこと」は何かを考えた上で思いやり前提での行動を考えもらえたら、きっと人との向き合い方が変わって来ると思います。

一緒に頑張りましょう。

では、また明日。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer