【努力の価値】目標を設定することで行動のムダが減る。
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【努力の価値】目標を設定することで行動のムダが減る。

2020.11.24
2020.11.24

どうも、コウタです。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し5年目となります。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは1,400日(202010月現在)を突破しました。

前回の記事で、最近した悔しい体験を書いたんですが、僕は決して選択を後悔している訳ではなく、信じていたものや、そこに一緒に向かって行っていた人達の人生のことを考えると、悔しい気持ちになったということだけです。

前回の記事 : 【人生を背負う】個人のプライドに人を巻き込むな。

それによって時間がムダになっていることなんてなくて、むしろ目標があったことで成長出来た自分はいたので、結果オーライといえばそうなんです。(ただ相手に納得した訳ではないけど)

それは僕が「目標」をしっかりと設定していたからであって、そして、その目標の作り方が”ピンポイント”ではなく”応用が効くもの”であったからこそ、完全に行動のムダにはならなかったということです。

ということで今回は、「努力の価値目標を設定することで行動のムダが減るというお話をしたいと思います。

不明確なことに対する賢い努力。

前回の記事では、僕が家系の仕事を継ぐというお話をして、その仕事のことを「お店」という表現をしたと思いますが、今回の記事ではもう少し踏み込んで説明したいので「専門的な技術のある仕事」として捉えてもらえたらと思います。

前回の記事 : 【人生を背負う】個人のプライドに人を巻き込むな。

要するに、この仕事を継ぐ上で必要な技術は「専門的」であって、それが他の仕事に活かせるということは一切なく、その仕事の中だけでしか使えないピンポイントの技術であるということです。

パソコンを買ったら、ワードやエクセルなんかを学べたり、イラレやフォトショのようなデザインツールを学べたりしますが、うちの家系の技術を学んでも、そういった派生を見込めることは残念ながら一切ありません。(一部、職人的な頑固オヤジ的な想像しておいてください)

前回も書きましたが、僕が仕事を継ぐ(ために時間を使って学ぶ)上で、特に「契約書」にこだわった理由はそこで、応用や派生の効かない技術を学ぶために自分にリスクを掛けることは出来なかったからです。

その仕事の技術を学んでいる間は、僕は店主から給料をもらえる訳ではなく、自分の仕事に時間を費やしていれば数十万円のお金を稼げる時間を、店主に無償提供しているという状態だったんですね

いくら一生懸命学んでも、技術や経験がゼロにもなり兼ねないリスクのある時間を、契約書なしで提供するのは大冒険以外のなにものでもありませんし、そんな選択を出来る人は、相当頭の悪い人だと思います。

自分の人生を考える上での努力。

こういったように、ただ「家系の仕事を継ぎたい(残したい)という想い」だけで、後のリスクを考えずに突き進めるのはシンプルにおバカなんです。

自分1人の人生ならまだしも、例えば、色んな人の人生や想いを背負っていたら、なおさらここは慎重になる必要があります。

僕は「超効率型」の性格である反面、「超人情型」の人間でもあるので、「守りたい」「どうにかしたい」と突っ走ってしまいそうになり、感情のバランスを取るのがとっても難しいんですが、自分でフリーランスとして事業をやっていく中で、ここの”ブレーキのかけ方“をしっかりと見極められるようになりました。

感情で動ける気持ちはすごく大切だし、素晴らしいことではあるんですが、自分1人の人生ではない判断に至った時には「想い」と「リスク」をしっかりと天秤に掛けられることが大切なんですね。

これまでの人生の中で経験した、僕が「弟を守りたい」と、稼ぎのない父親のためにアパートを僕の名義で借りた時にした”感情先行”の行動なんてまさにそうで、後に自分の電話に、家賃滞納の電話がバンバン掛かって来ることなんて想像すらしていませんでした。(またいつかこの件に関しては掘り下げますね)

そんな経験をして来たからこそ、僕は「他人の人生」に自分の努力が消され兼ねないチャレンジはしないと決めましたし、「誰かを守る = (まずは)自分を守る」ということなので、大切な人を守りたいと思っている僕がムダなリスクを背負うことは絶対に出来ないんです。

目標設定を見誤るな。

僕は今回、「契約書」の準備が整うまでは「デザイナーの仕事を爆伸ばしする」という目標設定を自分に課して、返事がなく何故か無視を通され続けていた、ここ1年くらいの間、自分の本職の仕事を伸ばすことにだけ努力を注ぎ続けました。

結果的に言えば「家系の仕事」と「本職のデザインの仕事」のパワーバランスは、収入的にも、その収入を稼ぐためのコスト的にも倍以上のものになりました。(僕は4畳半でも数百万円稼げるけど、家系の仕事は最低何十坪も必要でリスクも高く超非効率)

こうなれば、僕が「家系の仕事を守りたい」という感情さえ捨ててしまえば、この話は自分にメリットがある訳でもなく、正直どうでもいいことで、僕はこれから自由に生きていけることが出来ますしバンザイです。

ただ、僕がここで感情を捨てることが出来ないのは「家系の仕事を継ぐことで未来に助かる大切な人が沢山いる」というのも事実だからです。

僕が今、選択の天秤に掛けているのは「家系の仕事」と「自分の仕事」ではなく、「家系の仕事を継いだら助かる未来」と「自分の幸せになるための未来(も現時点でそれが幸せかは分からない)」という選択になっている訳です。

僕が前回の記事で「個人のプライドに人を巻き込むな」と怒ったのは、僕が背負おうとしているものと、相手が背負おうとしている感覚との規模は雲泥の差で、僕は相手よりも2歩も3歩も先を見ていたからです。

地面に真っ直ぐに線を書こうと思った時に、遠くに目標があるからこそ、遠くを見ることで真っ直ぐブレない線を書ける訳であって、目標が近過ぎて足元を見て書いた線が、ジグザグになってることに本人は気付かないんです。

努力の価値を上げるために。

こういったように、ムダにならないための努力とは何かを見極めて時間を掛けることが「努力の価値」に繋がります。

僕がここで「家系の専門的な技術や知識」に、本職のデザインの仕事を疎かにして、家系の仕事の勉強では給料も貰わずに時間を費やしていたとしたら、今の僕は「お金もない」「必要な技術も残っていない」そんな状態になっていると思います。

例え今回の様に話が破綻したとしても「相手が僕を守ってくれる保証もない」ということだけは分かっていたし、契約書がない以上、そこを信頼することも出来ないので、僕は今自分がやった選択を間違ったとは思っていません。

あと、家系の仕事を学ぶために学校に通ってると考えても、それが授業料としては費用対効果が悪すぎですし、反対に本職の仕事をすればデザインの技術も上がるから、学校に通いながら仕事してるのと同じことなので。

今、心の底から言えることは「本職のデザインの仕事を頑張り続けて良かった」ということと、「家系の仕事を学ぶことに時間をかけなくて良かった」ということです。(この期間、自分が強くなれたことで守れる人が増えた)

あの時、契約書が出来てからと割り切った選択が、僕のターニングポイントだったと思います。

前回の記事にも書きましたが、決して僕は「家系の仕事」をデザインの仕事の”片手間に出来る簡単な仕事”とはぜーったいに思ってなくて、仕事のスタイルやフリーランスとしての時間的に両立が可能だという話なので、リスペクトがないということでは絶対にありません。(なんだったら技術を教えてもらう時はリスペクト全開で生徒の様に勉強してたしリスペクトが足りないと言われる筋合いはない)

僕がここ1年間を後悔で終わらせなかった理由は、この努力の価値がどうすれば上がるかにフォーカスしたからで、ここを間違っていると後悔が残っていたと思います。

だからこそ、今自分がやっている努力の価値は「未来に繋がるのか」「捨てないといけない部分はないのか」をしっかりと見極めて、その選択を間違えない様にして欲しいと思います。

一緒に頑張りましょう。

では、またね。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer