モチベーションが上がらない仕事をやり続けないと割り切ることが出来そうになれた日。
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モチベーションが上がらない仕事をやり続けないと割り切ることが出来そうになれた日。

2023.08.05
2023.08.05

おはようございます。FOURTEENのコウタです。

京都を拠点にフリーランスデザイナーとして活動しており、毎日休まず続けている、ランニングやブログを通じて感じた「継続は力なり」の大切さを発信したりしています。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し8年目。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは2,195日、毎日ブログは975日を突破。(2022年12月31日現在)

仕事を選り好みしている訳ではないのですが、ここ最近「モチベーションの上がる仕事」とそうでない仕事の境界線がハッキリしてきたように感じます。

楽しくない仕事って、言っちゃなんですが実力の5割も出さないくらいの惰性でやっていて、最近ではそんな簡単な仕事ですら億劫になってきました。

ということで今回は、モチベーションが上がらない仕事をやり続けないと割り切ることが出来そうになれた日、についてお話ししたいと思います。

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経済的な面で喰らいつくしかなかった下積み時代。

この問題に関しては今がどうこうという問題ではないのですが、1ヶ月に1万円〜3万円くらいしか稼げなかった下積み時代と比べれば少し状況が変わって来た部分はあると思います。

当時は、今思い返せばクソみたいなクライアントにも沢山当たったし、今の僕の周りには絶対に寄り付かない(寄り付けない)バカに喰らいつくしかない状況でした。

僕が作った作品を許可なく制作実績として掲載してた(イラレも開けない)広告代理店があったり、キッチンに電子レンジしかなかったキャッチ主体の居酒屋や、請求書を送っても音信不通になり飛んだ輩達とも仕事をしていました。

総じて胸を張れるのは、僕だけは信念を曲げなかったというだけのことで、それらのクライアントの事業は全部続いていない状況で、今もまだ金魚のフンの様な自分達には何も売りのない仕事をしていることを確認しています。

反骨心をモチベーションにする尖った時代に終わりを告げて。

そんな下積みを経て、独学でフリーランスデザイナーになるという夢を叶えたことによって、反骨心をモチベーションにする尖った時代に終わりを告げることとなりました。

僕も今年でフリーランス歴9年目(多分)となり、仕事を選ぶことはないにせよ「仕事を選べる状況」になっていると自負しています。

反骨心というものをモチベーションにしてきたフェーズからは変わり、過去の僕にもそれは根本にあったにしても、今の僕のモチベーションは「人を笑顔にする」ということ一点に絞れる状況となりました。

じゃあ今の自分が何をするべきなのかと考えた時に、シンプルに「お金を稼ぐこと」には興味が一切ないので、自分の選択を決める時に重要になってくるのは「笑顔」とか「絆」といった要素しかなくなったんですよね。

ワクワクする未来を選び続けていく。

先日知り合った社長さんが、僕に連絡をくださる際にいつも「この仕事にワクワクしてくれてますか?」と聞いてくださるんですが、ホントにそれが答えなんだと思う様になりました。

特定される可能性もありつつ書きますが、何ヶ月経っても完成しないとか、ちょっと前と言ってたことが違うとか、無茶な要求をしてくるとかそんなクソみたいなクライアントと繋がってるフェーズじゃないんですよね。

正直に言えば「どうでも良い」ってことなんです。

きっとそんな人間と僕は今後一緒にお仕事したいと思わないし、そんな人間に時間を搾取されているくらいなら、お金が稼げない道であっても僕はそっちに命を燃やしたいと思うし、そんなクライアントさんを勝たせて一緒にワクワクする未来を見ていたいと思っています。

よくこういうことを言うと「酔った勢いで…」みたいに思われると思うんですが、僕はシラフでも忖度なしに意見を述べてしまうアホみたいに尖った人間なんです。

モチベーションが上がらない仕事を切り捨てて自分の自由を作る重要性。

本日、クライアントに直接それを伝えようとしましたが「仲介」という立場でやってくださってることもあり、大元の依頼者に僕が直接強く言えない立場だったりするんですよね。

でも僕は、その仲介者にずっと抑えていた感情を放出することを決めました。

僕個人で繋がってくださっているクライアントを本来は守りたいのに、ダラダラとわがままを続けている仲介先にいる大元の人間に時間を搾取されるのは耐えられないと思ったからです。

僕が言ったのは「他に守るべき人がいるのでこれ以上わがままが続くくらいならお金はいらないので仕事を降ります」ということを伝えました。

もうここまで来たら僕は「お金」じゃなくて「時間(自由)」なんですよ。

いつまで生きられるか分からない中で、お金に固執してばかりで幸せな未来を掴めるかって考えたら絶対そうじゃないって答えに行きつきました。

僕が経済的に満たされたかと言えばまだまだジリ貧ですが、それ以上の生き方の価値を見つけてしまったとしか言いようがないんですよね。

これまでも情で生きてると思ってたけど、今はもっと情で生きられてると思えば自分自身を誇りに思います。

一緒に頑張りましょう。

では、また明日。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer