【告知の継続】無料コンテンツ(商品)の告知は宣伝悪なのか。
どうも、コウタです。
京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し5年目となります。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは1,400日(2020年10月現在)を突破しました。
SNSを開けば情報だらけで、中には芸能人のゴシップや、広告や、自分自身の宣伝など色んな情報に溢れていますよね。
この溢れた情報の中から、僕らは自分自身に必要だと思う情報を探し当てて情報を取り込んでいます。
インフルエンサーという言葉が登場した頃には既に、商品のURLに誘導するのが目的ではなく、自己主張の発信をすることすらも広告になっている現代において、何を持ってその発信を「宣伝」というのかすごく難しいなと思っています。
ということで今回は、「告知の継続」無料コンテンツ(商品)の告知は宣伝悪なのか、というお話をしたいと思います。
商品が無料になっている現代においての宣伝とは。
今、絶賛戦国時代を迎えているYouTube動画に始まり、お金を払って利用するサービスよりも、無料で利用出来るサービスが当たり前になっているこの時代で、何がサービスを支えているかといえば「広告」です。
要するに「無料でコンテンツを提供する代わりに広告を掲載する」という構図が、テレビCM以外の媒体でも当たり前となり、YouTubeだけではなく、SNSやスマホアプリなど、多くのプラットフォームでそれが当たり前になっています。
ニュースアプリなんかを開いても、5記事に1記事は「スポンサード」と小さく記載されていて、それはニュースでもなんでもなく、実は広告だったりするわけです。
大概の場合は、そのリンクの先で「商品を売る」という設計になっている反面、コンテンツが無料になった現代において、例えばブログやYouTubeなどの更新告知は「宣伝」となるのでしょうか。
無料コンテンツの告知は悪なのか。
僕はここに関しては「良かったら見てえ」くらいの感覚での告知であると思うし、このリンクをクリックして「商品を買え!」と言っている訳でもなければ、「絶対に時間を作って見ろ!」と強制している訳でもないと思っているので、宣伝悪なんてことは一切思いません。
むしろSNSは、コミュニケーションツールとして使われている反面、「〇〇募集中!」「〇〇開催します!」「〇〇割引中!」なんかの告知ので溢れかえっていますよね。
ここで告知を「宣伝悪」という風に捉える人は、自分自身の感覚の中に「宣伝が嫌い」という気持ちがあって、恐らくフォロー&アンフォローを利用して、自分自身のタイムラインをカスタマイズしているので、自分自身のSNSには告知は溢れていないというのが大体の答えだと思います。
ただ、そのカスタマイズ自体は自由で、誰からも強制されることもないので、そもそも「宣伝悪」とストレスに感じる必要はないと思っています。
僕自身は、相手に対して迷惑なリクエスト(強制など)や、迷惑なコンテンツを宣伝(商品を買え買えと)しようとしてるわけでもないのに、もしかしたらこれは「迷惑な宣伝かもしれない」と考えるのは、忖度を間違えて、相手に大きな機会損失を与えてしまっている可能性があると感じています。
要するに、迷惑だと感じる人がいる反面、その人がそのコンテンツに出会うことで人生が変わる可能性もあるということです。
同じことを継続しないとデータは取れない。
コンテンツを継続して発信していく上で、何が良くて何が悪いかを判断するために「データ」はすごく大切になってきます。
このデータの信ぴょう性を高めるものは「同じことの継続がベースになければ難しい」と僕は思っていて、毎日毎日告知の方法を変えていては、結局なにが効果的だったのか分からずデータが取れないわけですね。(これはランニングやブログを毎日継続し続けて実証しています)
そのベースを持った上で「明日は更にこの時間帯に告知を増やしてみよう」「YouTubeで広告を出してみよう」と、取り組みを変えることで、どこに効果が出たかが分かります。
要するに、SNSでの宣伝が当たり前になっている時代で、告知にムラがあったら正確なデータは取れないので、コンテンツの良し悪しがどう影響したか分からないということになります。(するのとしないのではインプレッションに10倍以上の差が出るので…)
これは体重でも同じで、毎日違う食べ物を食べて、毎日違う運動をして、毎日違うダイエットをしている人の取り組んだそのダイエットの効果が分からないのと同じです。
「春雨ダイエット」の効果を調べるには、ある一定期間、絶対に「春雨ダイエット」を続ける必要があって、そこで、例えば「1日だけチョコレートを食べた時に、体重の増減はどうだったか?」という時のデータを取ることは出来るということです。
要するに、継続したコンテンツを生産する上で、宣伝する日もあればしない日もあるというのは、データを取る上では本末転倒で、継続したコンテンツを作るなら、宣伝もセットで継続しないといけないということです。
届かないコンテンツを生産する意味。
見たい人は見る、見たくない人は見ないというスルースキルが当たり前の中で、宣伝悪なんて考える必要はなく、その宣伝をいかに宣伝じゃないように伝えるかが大切だと思います。(無償のコンテンツであれば尚更)
僕は「ブログ毎日更新〇〇日目」とSNSで、毎日更新したことを告知していますが、それを見て感じることは「また宣伝してるよー」と感じる人も、もちろんいると思いますが、中には「毎日継続すごいね」と、相手に僕が継続をしていることや、その一生懸命さが伝わることもあると思います。
別に商品を買ってくださいとお願いしているわけではなく、「(無料だから)よかったら見てね」というお知らせをすることに悪はなく、その先のコンテンツが悪であることが1番の悪なんです。
僕はコンテンツを作る上で「悪影響を及ぼすもの」「時間を無駄にするようなもの」を作っていることは絶対に有り得ないけど、ただ1つのマナーとして「絶対に見てくれ!」と強制することはありません。
ただ、自分が自信を持って作ったものや、届けたいと思うものに関しては、最低限「作りましたよ」という告知はしていきたいと思っています。(これはダメなことじゃないと信じてる)
冷やし中華が食べたい人がいるのに「冷やし中華はじめました」の看板をキッチンの中に置いてても誰も気付くことが出来ないように、僕はせめて看板を外に出し続ける行動だけは続けていきたいと思います。(迷惑だったらごめんなさい)
話はそれますが、こうやって同じことを継続し続けている僕のブログのアクセス数が、すこーしずつ伸びて来ています。
2020年5月1日から始めたこの毎日更新で、2020年12月26日までのグラフのスクショを貼っておきますね。(9月から12月の頭は行ったり来たりでつらかったー…)
僕は自分の行動を通じて、これからも「継続は力なり」を伝えていけたらと思います。
一緒に頑張りましょう。
では、またね。