「私があなたの立場なら」と理解不能な前置きでアドバイスをして来る人に伝えたいこと。
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「私があなたの立場なら」と理解不能な前置きでアドバイスをして来る人に伝えたいこと。

2021.12.27
2021.12.27

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おはようございます。FOURTEENのコウタです。

京都を拠点にフリーランスデザイナーとして活動しており、毎日休まず続けている、ランニングやブログを通じて感じた「継続は力なり」の大切さを発信したりしています。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し6年目。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは1,464日、毎日ブログは242日を突破。(2020年12月31日現在)

僕は基本的に、人からアドバイスを求めるということはないんです。で、それは結局、自分の答えが決まっている中で話すからなんですね。

ただ、もらったアドバイスの中でも、もちろん新しい気付きがあって参考にすることありますし、自分の意見に共感してもらって勇気づけられたりすることがあります。

ということで今回は、「私があなたの立場なら」と理解不能な前置きでアドバイスをして来る人に伝えたいこと、についてお話ししたいと思います。

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僕の立場にあなたがなれる訳が無い。

誰かからアドバイスを受ける時に、よく「私があなたの立場なら〜」と前置きをしてお話を始められることがあると思うんですけど、あの前置きってホントに意味不明だなって僕は思うんですね。

例えば、「家族のことで悩んでいて…」みたいな相談をした時に、こっちは両親が離婚して片親で、相談相手は両親揃って家庭円満だったとしたら、絶対にこっちの立場になることなんて出来ないじゃないですか。

そんな人から「私があなたの立場ならそこは我慢するかな〜」みたいなアドバイスを言われた時に、「え?」ってなりませんかね。「お前は片親の状態を経験したことないやん」って。

家族くらい身近な存在すら理解し合えることは少ない。

類は友を呼ぶとはよく言ったもので、自分が困った時に頼りにしたい人って「似ている人」なんですよね。ってことは最近ホントによく思います。

だから僕は「家族」にはたったの1度もお仕事の相談をしたことがありません。だって全員雇われでしか働いてないし、僕の仕事のことを聞いたって意味ないんですもん。

独学でゼロから全て築き上げて来た僕が背負って来たものとか、その道中で傷付いてきたことなんて、同じ(ような)経験をした人にしか分からないし、例えそれが家族だって、それぞれ立場が違ったんだから理解してもらえる訳がないんですね。

なのに昔はよく「私だったら〜」みたいな感じでアドバイスされるという拷問を味いまくって、その時は「お前に何が分かるねん」と思いながら聞いていましたが、いつからか話すことすらめんどくさくなって話さなくなりました

相手の立場になるには「痛み」を知ること以外ない。

痛み」を知らないことには相手の立場になんてなれるはずもなく、同じ経験を、同じ熱量で費やして来たかという部分がリンクしていないことには理解し合うことは出来ないんですね。

なので、何も考えずに馬鹿の一つ覚えみたいに、「私だったら〜」から始まる、そういう承認欲求の強いマウント取り型のアドバイスって本当に反吐が出るんですよ。(僕の周りにはほとんどいないですけどね)

要するに、アドバイスをしてもらう前から悩んでるんだから、痛みなしの表面的な立ち位置でのシミュレーションなんて自分で何度でも出来る訳なんですよね。

仮定で話すのではなくて「経験談」から放つメッセージ。

そんな感じで、人生経験が浅い人間のこそ特に「私だったら〜」ってアドバイスが出来るんですが、痛みを知ってる人間であれば「私だったらその時こうしたかな」って感じで「経験談」を話すんですね。

僕はそれが1つの相手に対してのリスペクトとしての配慮であると思うし、それが出来ないのなら相談役を受けたり、かって出たりする筋合いはないと思うんです。(先輩面して相談に乗るなんてもってのほか)

そういう意味で、自分が経験したことがなくて分からないことに関しては、そこは「私は経験したことがないけど…」っていう前置きが一番正しくて、そういう部分で相手の気持ちを察することの出来る想像力がある人が優しい人なんだと思いました。

僕は僕の人生を通じて、伝えたいメッセージは沢山あるんですが、それを大切に伝えたい時は、相手の人生をしっかりと聞いて理解した上で、そこに当てはめるような形で「僕が伝えたいのはこういう時に感じたメッセージかな?」って形で伝えるようにしています。

人によってその「痛み」の度合いが違うからこそ、相手の立場になるなんてことは(ほぼ)ゼロに近い中で、相手のことをリスペクトした上でこれからもメッセージを届けいきたいと改めて思いました。(メッセージの押し売りはごめんです)

一緒に頑張りましょう。

では、また明日。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer