
未来に可能性を素直に繋げられる大人でありたい。
プライドとは。
僕はよく周囲の人間から、父親譲りでプライドの高い男だと言われることがありますが、僕の母であり(既に離婚してますが)父の夫であった母からは「あんたはプライドが高くない」と言われています。
『プライドってなんだろう?』と考えた時に、きっと母の言うプライドは、父のように「そこに何もないのに何かあるかのように振る舞う」というような、根拠なき威勢のことを言ってるんだと思います。
一方で、僕の性格をよく知る母は、僕が「根拠があることしか言わない人間」ということを知っているからこそ、僕がいう父のような発言が決して虚勢を張っている訳ではないということを伝えてくれたんでしょう。
才能に道を譲るということ。
僕は高校時代に、1年生からトップチーム(3年生主体のチーム)で試合に出場し、自分が3年生になった時には全国大会出場を決めるなど、スポットライトを浴びる側の人間として生きて来ました。
それが一転、19歳になる頃には両親が離婚、父が抱えた借金によって実家が差し押さえになり、1ヶ月1万円の食費で男4人で生活を強いられることとなり、僕は21歳までの2年間を家族のためにほぼ給料なしで働きました。
同級生たちは皆んな学生生活を満喫し、一人暮らしの自由、合コン、車を買う人もいたり、そんな中で自分の自由すらなく、学歴という肩書きすら得られない人生に劣等感を感じていました。
しかし、そんな劣等感を感じながらもなんとか這い上がり、「独学でフリーランスデザイナーになる」という(フリーランスという言葉すらなかった当時から考えると)無謀な夢を叶えた僕には、確固たるプライドが形成されてもおかしくなかったと思います。
去勢で未来を擬似的に書き換えることの無意味さ。
きっと僕のような人生を歩んだ場合、多くの人は「成り上がった自分に酔いしれる(調子に乗る)」という方向に進む人も少なくはないんじゃないかなと思います。
ただ、母が言うように、僕はそこで決して偉ぶることはなく、キチンと自己分析をして、周囲の人と自分自身の立ち位置を測った上で現在地を把握しているからこそ、僕のプライド(と周囲から言われるものが)が単なる虚勢ではないことを知っているんだと思います。
サッカー元日本代表の本田圭佑選手なんかがそうで、彼はビッグマウスであると周知されていますが、実際に彼が発する言葉が全て実現されたことで、虚勢が有言実行に変わったということです。
僕の場合、自分自身ではかなりの保守的な人間だと感じてる中で、自分自身が叶えることが出来ない(実現出来ない)ようなことを言う人間ではないことを知っていますし、だからこそ自分の虚勢で未来を擬似的に書き換えるようなことはしない人間だと自負しています。
才能に道を譲るということ。
長々と前置きをしてしまいましたが話を本題に戻します。
自己分析が出来てる僕のいうプライドと、自分(の積み重ねて来た歴史)を守りたい人との違いを分かってもらえた上で、僕の人生はそんなプライドに振り回されて、潰されて来た人生だったと思うんですよね。
今の言葉で言えば「老害」と呼ばれるような人にマウントを取られ、(昔は素晴らしい大人でも)今はほぼ無力な大人がその道を新たな才能に譲る決心が出来ず、尿意で膀胱が破裂しそうな状態に僕は苦しめられて生きて来ました。
そんな経験をした僕が「次の世代に同じ気持ちを味あわせてやろう」みたいに思う訳がなく、僕のように苦しむ人を1人でも減らし、価値ある才能が生き生きと活動出来る未来を作りたいと思っています。
そんな思考でいると、ずっと僕を慕ってくれている(賢すぎるし行動力もすごくて僕の立ち入る隙もない今年で高校を卒業する)高校生から、大学進学を決めたので将来の話を聞いてほしいと連絡が来ました。
こういう有望な才能に「話を聞いてください」と言ってもらえることは、僕の現在地がブレてない証でもあるので、何か力になれるような(ことはないかもしれませんが)話をしてあげられたらなと思います。
だって、そんな若手に将来(年金とかで)養ってもらうことになるんで、キチンと向き合ってゴマすっておかないとね。笑
そんな感じで、僕はプライドが高い人間だと言われることが多いですが、僕が発する言葉は決して去勢ではなく、ゴリゴリな保守的思考で考えられた「ほぼ100%実現できること」しか言わない人間です。
覚えておいてください。
一緒に頑張りましょう。
では、また明日。