感覚的な理解と違う理屈的に理解することで見えてくる生き方。
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感覚的な理解と違う理屈的に理解することで見えてくる生き方。

2024.04.03
2024.04.03

おはようございます。FOURTEENのコウタです。

京都を拠点にフリーランスデザイナーとして活動しており、毎日休まず続けている、ランニングやブログを通じて感じた「継続は力なり」の大切さを発信したりしています。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し9年目。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは2,570日、毎日ブログは1,340日を突破。(2023年12月31日現在)

僕がブログを書いている大きな理由の1つは「言語化」で、この能力が高まれば高まるほど色んなことの精度が上がってきます。

理屈くさい僕にとってはこの言語化がすごく大切で、これが出来るか出来ないかで1つ1つの選択の精度が違ってくるんですよね。

ということで今回は、感覚的な理解と違う理屈的に理解することで見えてくる生き方、についてお話ししたいと思います。

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色んな方の言語化を見ていて感じること。

まず、僕は自分自身が「感覚的な人間」だと感じているし、そうだと思って生きているんですが、一方でかなり理屈的な部分で行動を決めている人間だと思います。

入り口は感覚でも、それが理屈的にOKかどうかのフィルターを通さないと行動に移せない感覚なんですが、そういう風に考えた時にほとんどの人は感覚で動いてることが多いんじゃないのかな?って感じるんですよね。

色んな方の言語化能力を見ていて感じるのは、大体の人は「私は文章が得意です」みたいな人っていないじゃないですか?

ということは裏を返せば、「文章が不得意 = 言語化能力が低い = 感覚的に動いている」みたいに捉えてもおかしいことではないと思います。

数多ある占い術や量子力学などの目に見えない力。

この世の中には、細木数子さんで有名になった「六星占術」をはじめ、なんたら学といった占い術や、バタフライ効果(エフェクト)が有名な量子力学といった目に見えない力のようのものが働いていると言われています。

全く興味がない人からすれば宗教のような感覚に見えるかもしれないのですが、僕自身も信者的な感覚はないにせよ、あそこまで理屈的に言語化されたものを前に出されてしまうと、その理屈はどこからやってくるのかが気になる訳なんですよね。

なので僕は、いつもお世話になっている、予約1年待ちのよく当たる占い師さん(九星気学)との診断の中では、(疑うとは違った感じで)構えて聞くような感じで「答え合わせ」をするようにしてたんですね。

要するに、「自分の本音を隠して聞いてみる」という、いわば少し先生を試しているような(本当にいやらしい)距離感で何度か聞いていたところ、これまた理屈が分からないほど心を言い当てられ、導かれている自分は、目に見えない何かを信じざるを得なくなりました。

目に見えない力を言語化してみる。

例えばの話「生年月日はいつですか?」と聞かれて診断してもらった時に、僕は1989年2月7日生まれなんですが、その生年月日の人は全員運勢が同じになるじゃないかって思う人もいると思うんですよね。

ただ、大体のことは相手ありきの中で組み合わせて占うことが多かったり、それ+アルファで不確定要素(タロットなど)が入って答えが出ることが多い訳です。

要するに、本気で占いを生業とされている方は単なる生年月日占いではなく、統計学や心理学、量子力学のような知識を持った上で、そこで出たフィーリングを言語化しているということを知りました。

石を投げれば飛んで転がっていくし、うちわで仰げば風が吹くような感覚で、目に見えないエネルギーが僕らの世界は飛び回っているというような感覚です。

超感覚的な先生との会話で見えて来た未来。

で、今回僕は何が言いたかったかと言うと、人生で初めて、僕の潜在的に感じている感覚と先生との答え合わせの中でバッチリ感覚が合っただけではなく、一部で「先生の言語化を超えた」という状況が生まれました。

先生からもらったアドバイスそのものが「今まさに自分自身がこれから努力しないといけないと思っていたもの」で、先生は感覚的にそれを伝えるだけですが、僕がそれを(事前に)言語化していたものを先生に伝えたところ「その通り」と驚かれたんですね。

で、それをなぜ理解出来たのかを先生に聞いた時に「量子力学です」という風に答えられたんですが、量子力学とは「物理」であって、スピリチュアルとは真逆の位置に存在するものなんですよね。

そこで僕は、この世界は「目には見えないエネルギー(量子的なもの)」が動くこと(動かすこと)によって必然的に変化していく(させていける)ものが存在するという感覚を感じました。(人が変われば相手が変わったり環境を変えたら出会いが変わる的な)

何かに迷った時とかに「チャレンジしてみよう!」といったアドバイスを受けることは往々にしてあると思うんですが、そのチャレンジという言葉をどれだけ噛み砕いて伝えられてるかって考えたことはあまりないと思います。

自分は「この道をまっすぐ進む」と決めた時に、それが車なのか自転車なのか、あるいは徒歩なのか、そして徒歩だった場合はどうして徒歩なのかみたいな感じで、その感覚を言語化することが、目に見えないものをより立体的にしてくれるんです。

先生との会話で見えてきた僕は今、長く長く自分を形成していた(武装していた)ものをやっとこのことで捨て去って、それが出来たことによる「覚醒の時」で、その変化に夜寝て朝起きた瞬間に感じるくらい、スッと人が入れ替わったような感覚を感じています。

そんな変な感覚があったタイミングで、先生から「ガラッと人格が変わるタイミングだと思うけど変化に気付かない?」と、診断の初っ端(何も聞いてないタイミング)で言われたら、驚きますよね。(言われたんですけどね)

加えて周りの人からも「あれ?なんか人変わってない?」って、ただの会話の中で言われるくらいに言葉遣いや声質なんかからも分かるくらい、僕はガラッと変わっていたみたいです。

そういう意味で感覚的なことを捉えて言語化したときに得たものは僕の中では「悟り」として落とし込んでいて、そんな悟りを得られたことでより精度の高い人生を歩めそうな気がしました。(毎日ブログを書いて得た言語化能力の賜物です)

あまり大きく評価するのはよくありませんが、この心を保てていれば僕は最強だと思うし、今の僕は何でも思い通りに描けるような気がします。

一緒に頑張りましょう。

では、また明日。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer