ウクライナで行われている戦争について思うこと。
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ウクライナで行われている戦争について思うこと。

2022.03.06
2022.03.06

おはようございます。FOURTEENのコウタです。

京都を拠点にフリーランスデザイナーとして活動しており、毎日休まず続けている、ランニングやブログを通じて感じた「継続は力なり」の大切さを発信したりしています。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し7年目。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは1,830日、毎日ブログは610日を突破。(2021年12月31日現在)

今まさに、刻一刻と状況が変化し続けているウクライナでの戦争のニュースを見ていて、対岸の火事とは言えないと僕は感じています。

確実に何かしらの火種は飛んだはずで、これはウクライナとロシアだけの問題ではなく、世界として大きなものが動いた気がします。

ということで今回は、ウクライナで行われている戦争について思うこと、についてお話ししたいと思います。

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昭和から平成初期生まれの僕らが学んだ戦争教育。

日本は世界で唯一の原子爆弾を広島と長崎に投下された国です。

今の時代の子達がどんな教育を受けているのかは知りませんが、ちょうどゆとり世代に突入した僕ら(平成元年生まれ)の時代には、「戦争は2度と繰り返してはいけないもの」として強く学び、修学旅行では広島に行き、原爆ドームの前に折り鶴を捧げました。

博物館では被爆した状態の町や人の様子を展示品を通じて体感し、実際に被爆された方のお話を聞かせてもらって、より一層「戦争は絶対にしてはいけないものだ」と、子供ながらに心に刻んだことを覚えています。

日本という平和な国に生まれて、ある意味で僕らはただ平和ボケをしていただけで、僕らが生きて来た同じ時間の中で、大小に関わらず、世界のどこかでは毎日のように戦争が起こっていたのかも知れませんが、今回のような世界的な動きになるまでのものが自分の生きる間に起こるとは思ってもいませんでした。

人間関係やスポーツもある意味では戦争と同じ。

僕は小学校からずっとサッカーを続けて来ましたが、サッカーは11人でそれぞれ役割を与えられ、ポジションについてチームとして相手のゴールにボールを入れるという共通の目的を持って進みます。

こういう構図だけを見たら、ある意味でスポーツも戦争もやっていることは同じだと思っていて、それぞれ熱狂的なファンがいるように、人間はもしかしたら争うことに関しては刺激を感じる生き物なんだと思います。

それが「倫理」や「命」なんかに関わるものを無視したものかどうかという部分が異なるだけで、僕らは日常的に小さな小さな争いは繰り返しているんですね。いじめだってそうじゃないですか。

そういう意味で僕らは、今まさに目の前で起こっているこの状況を見て、それぞれがもっと行動を再確認する必要があるとは感じたんです。

家族から「出ていけ」と言われた日。

僕はこれまでの人生の中で、家族から「家から出ていけ」と言われた時が3回ほどあります。

1つは、母親から「父親を選ぶなら家から出ていけ」と言われた時、もう1つは、病んで半年間引きこもりになってしまった時、最後は、これも病んでしまってお昼からお酒を飲んでしまうようになった時。

これって考えてみれば、規模は雲泥の差ではありますけど「自分が気に入らないヤツは出ていけ」ってことじゃないですか。今それをロシアがウクライナに対してやってるんですよね。きっとそれ以外の国でも行われていると思います。

そういう観点で戦争を見た時に、やっぱり「自分が良くなりたい」って考えて行動することって、ある意味ですごく悪に感じてしまったりするわけです。

僕が「自分のこと」を捨てた瞬間。

僕は19歳の時に「争うこと」に疲れたんですよね。そんなことよりも「人の笑顔」を沢山生み出すことの方が、自分にとって生きがいに感じると思えたし、その時から僕は「人を笑顔にする仕事」をしたいと思い今の道を選びました。

要するに、別にデザイナーじゃなくて良かったんですよね。

だから僕は「自分が〇〇したい」ってことを自分の感情を優先して行動してしまうと、(良い意味でも悪い意味でも)どうも病んでしまう人間になってしまったんですよ。だって、楽しくないじゃないですか、自分だけが良くても。

今まさにウクライナで行われているのはそういうことで、結局のところ、ロシアがウクライナを取ったところで、ロシアの人全員が喜ぶわけでもないじゃないですか。むしろ、領土なんかどうでも良いからとにかく戦争をやめてほしい、それがロシアとウクライナだけじゃなく世界の意見だと思います。

ただ、どう考えたって分かり合えない人って、自分の身の回りにも探せばすぐに見つかるレベルでいる中で、自分がリアルタイムで戦争の悲惨さを体験していく上で、自分自身の行動を見つめ直す瞬間として心に刻みたいと僕は思います。

何よりも、一刻も早くこの戦争が平和的に収束すること、そして戦争を通じて悲しむ人、亡くなる人が1人でも少なくなるよう祈っています。こんな時だからこそ、僕らは目の前のことを一生懸命やりましょう。

一緒に頑張りましょう。

では、また明日。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer