色んな痛みを感じた僕が思う「差別」についての考え方。
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色んな痛みを感じた僕が思う「差別」についての考え方。

2022.01.05
2022.01.05

おはようございます。FOURTEENのコウタです。

京都を拠点にフリーランスデザイナーとして活動しており、毎日休まず続けている、ランニングやブログを通じて感じた「継続は力なり」の大切さを発信したりしています。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し7年目。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは1,830日、毎日ブログは610日を突破。(2021年12月31日現在)

僕が「差別」について人生で初めて考えさせられたのは、「小学校の道徳の授業」で、うろ覚えなんですが「バキュームカーのお仕事をするお父さん」的な感じのお話でした。

汚い仕事をする」ということで、友人から「お前のお父さんはウンチ臭い」みたいな言われ方をしていることについてどう思うかを話し合うみたいな授業で、今でも僕が覚えているということはそれだけ子供ながらに心に残ったんでしょう。

ということで今回は、色んな痛みを感じた僕が思う「差別」についての考え方、についてお話ししたいと思います。

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初めて身近で経験した「ハンディキャップ」について。

今回のお話をする中で、僕は「障がい」の文字としての書き方がどうとかややこしいことを突っ込まれたくないのと、僕自身そこの部分に関しては何の感情もないので、ネガティブな表現を避けるために「ハンディキャップ」という言葉を使わせてもらいます。

で、僕の身近(家族や友達など)には、ずっと「身体的・知的ハンディキャップ」を背負っている人は1人もいなかったんですが、それが初めて起こったのは大人になってからでした。

友人の子供が産まれるとなった時に、後から聞いた話で、奥さんが出産時に心肺停止となり、お腹の中の子の命を守るために緊急早産となり、人工呼吸器?を付けていないと生きられない状態で生まれて来たなったということでした。

幸いにも、心肺停止になったお母さんは一命を取り留め、、子供も人工呼吸器は必要ですが、今も2人とも元気に過ごしているということなので、それを聞いた時はすごくホッとしました。

身体的・知的ハンディキャップを背負うこと。

もちろん、何事もなく生まれて来て、ハンディキャップを背負うことなく生きていくことが出来ればそれ以上のことはないと思うんですが、これに関しては、それがその人の運命であり、その人の生き方だと僕は思うようにしています。(非情な意味ではありません)

僕は偶然「日本」という国に生まれて、他の誰かは「アメリカ」に生まれて、そのまた他の誰かは「アフリカ」に生まれて、肌の色が黄色かったり、白かったり、黒かったり、ただそれだけのことだと思うんですね

足が動かないとか、手が動かないとか、生きるのに機械が必要だとか、それも僕にとっては全て同じことだと考えていて、それ全て引っくるめて僕はシンプルに1つの命だと思っています。で、僕はそういう風に考えることが最高のリスペクトだと思っているんですね。

なので、例え相手が車椅子に乗っていようが、電車でのマナーがなっていなかったら注意するし、横断歩道を渡りきれそうにない感じで危なかったら手を差し伸べるし、それは子供でもお年寄りでもハンディキャップを背負ってる人でも変わることはありません。

そういう意味で言えば、僕にとってハンディキャップという考え方はないのかもしれないですね。

地域的なハンディキャップを背負うこと。

で、もう1つあるのが「地域的ハンディキャップ」を背負うことですね。

これについて考えさせられたのも小学校の道徳の授業の時で、当時はシンプルに差別は良くないよってことだけは理解して、詳しくはよく分かってなかったんですが、「同和地区」とか「部落」とか「水平社」みたいな言葉が出て来たのを覚えています。

昔の人はそういう考えが残っているのかもしれませんが、特に京都の人はこういう部分をすごく気にする人が多いのか、僕は昔からおばあちゃんに友達を紹介すると「ええとこの子か?」って聞かれたりすることがあって不思議に思ってましたが、大人になってやっとそれがどういう意味か分かりました。

友人がそういう風な地域に住んでいるということを知って、それが一体何なのかが気になって、詳しく調べてみたところ、その言われは江戸時代とかまで遡り、要するに「階級」の話になるみたいですね。

当時は、武士の家系に生まれたら武士、町人の家系に生まれたら町人といった感じで、生まれた家系で自分の人生が決まったみたいだそうです。その中で「えた・ひにん」と呼ばれる、いわゆる奴隷的な扱いを受ける家系があったみたいで、その家系が多く住んでいた(住まわされていた)地域のことを「同和地区」とか「部落」というらしいですね。(キングダムの主人公の境遇みたいな話ですね

で、今の時代にはとっくにそんなことは消え失せていて、正直どうでも良いような話ではあるんですが、古い世代の人達にはまだそういう名残が残っているような感じみたいです。

友人から話を聞いた時に驚いたのは、過去には地域のドッジボール大会で、心無い大人達から「そういう地域から来た子達だから」ということで負けにされた経験があるそうで、普通では経験しない辛さを味わって生きて来た部分は少なからずあったらしいです。

自分自身が「ハンディキャップ」に偏見を持つことが「差別」に変わる。

身体的・知的ハンディキャップ」と「地域的ハンディキャップ」についてお話しして来たんですが、これまでお話しして来た通り、僕は全てのことを中立に見ています。

自分自身が「ハンディキャップ」に偏見を持つことが「差別」に変わると思ってるからですね。

で、僕がこういう教育に対して思うことで言えば、僕は小学校の道徳の授業でこういったことを知り、「差別は良くないな」って思ったんです。でも一方で、そういう言葉を知ってたことが差別につながることもあると思うんですね。

取り扱うこと自体が「どうなの?」って思うくらいデリケートな問題だと思うんです。

戦争の話でいえば「日本に原爆を投下したことに対してどう思いますか?」って聞くのと似たような感じで、僕個人的には「戦争を知らない子達」を生み出して、そもそも偏見を生まない教育をするのも大切かなって思っています。

要するに「後世に伝えない」ということで救われる未来もあると思っていて、何を教えて、何を教えないのかを僕自身は中立な大人として考えていけたらと思いました。

この発信を見てくださった皆様には、こういった自分が生み出す偏見で、その人に対する見方が変わらないように過ごしてもらえると嬉しいですね。

一緒に頑張りましょう。

では、また明日。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer