「家族」を心から信頼出来ないと思っている人に読んでほしいお話。
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「家族」を心から信頼出来ないと思っている人に読んでほしいお話。

2021.10.10
2021.10.10

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おはようございます。FOURTEENのコウタです。

京都を拠点にフリーランスデザイナーとして活動しており、毎日休まず続けている、ランニングやブログを通じて感じた「継続は力なり」の大切さを発信したりしています。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し6年目。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは1,464日、毎日ブログは242日を突破。(2020年12月31日現在)

皆さんには家族はいますか?お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、あとは従兄弟とか、親戚とか。

で、その人達のことを、心から信頼する事が出来ますか?

きっとここで『NO』と答えた場合に、「人としてどうなの?」って思われると思うんですけど、ここで僕が思っている事があるんですね。

ということで今回は、「家族」を心から信頼出来ないと思っている人に読んでほしいお話、についてお話ししたいと思います。

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調子の良い時しか家族に守られた事がない。

僕が過去に、「両親に守られたことなんてない」と言えばそれはウソになるんですが、家族だけに限らず、人って本当に困っている時』に本性が出たりすると思うんですね。

別にそれをこんなブログで大々的に書く必要もないのですが、友人や知人、会社の上司であろうがなんであろうが、自分が本当に辛い時に手を差し伸べ続けてくれる人』との絆が強くあるべきであって、それが家族であるとは限らないんです。

で、僕はこれまでの人生の中で「どうしたらいい?」って、自分の親に相談した事がないんですよ。だって、僕は家族に何かを相談するよりも、他に自分が欲しい答えをくれる人がいるし、その人に相談したほうが良いアドバイスをくれるからですね。(メンターを家族以外に見つけていました

そういう意味で僕は、家族以外の出会いの中でホントに良い人に恵まれて、学生時代は学校の先生、貧乏をしていた時は、友達や先輩、勤めていた先のおじさんなど、本当にしんどくて、どうしようもない時に手を差し伸べてくれたのは家族以外の人間でした

家族の都合に巻き込まれることだってある。

で、単刀直入に言いますが、僕は『家族を心の底から信頼していません』と断言する事が出来ます。だって、自分の都合の良い時しか手を差し伸べないから。(まぁ人って大体みんなそうですけどね…)

僕が20歳くらいまで住んでいた実家が、家族の借金で競売にかかり無くなった時に、「父親と住むのはもう限界だ…」と一目散に京都の実家に(離婚して)逃げて行ったのは母親でした。もちろんその原因を作った父親(だけのことじゃ無いと思いますが…)も悪いと思います。

で、僕たちは当時経済力のなかった父親に(物理的に)ついていくことは無理だったので、母親の京都の実家について行った(というかそれしか選択肢がなかった)んですが、その結果として、京都から始発と終電で奈良の学校に通う次男の生活が生まれたり、京都で登校拒否になる弟の生活が生まれたりしました

で、それを見かねた僕が『弟を連れて奈良(親父のところに)に戻る(逃げ帰る)』という選択をしたんですね。(決して父親のところに戻りたかったわけではありません)

あの日のことは一生忘れません。荷物をまとめて京都の実家から逃げ出そうとする中で、必死に引き留めようと大きな声を出して、服を掴まれたりする中で、隙を見て靴も履かずに飛び出したあの光景を。

そこで見た『両親の本音』

お互いが勝手に離婚し、そこに子供を巻き込んでいる中で、どっちも最初は良い格好をして、子供が可愛いだの、子供だけが財産だのと、親権についてあーだこーだ言っていました。

ただ、一度僕らが母親の実家がある京都に言った時には「奈良にいなかったら関係ない」と親父は言って、僕らが京都を飛び出して奈良に戻った時に「京都にいる時しか支援しません」と母親は言いました。(じゃあ大阪にいたらどっちも知りませんってなるのかな)

時は経ち、そんな色んな心の修復を経て、母親の元に戻り、京都での暮らしを再スタートしましたが、やっぱり人間ってそうは変わらないんですね。(と思ってた方が精神衛生上楽ちんです)

母親が望んだように、家族で一緒に住んでた時は、僕が家で仕事をしているのがストレスだったらしく「さっさと出て行け」と言われ、やっと経済的に安定した頃に一人暮らしを始めた時には「もっと顔出しに来いよ」と言われ、正直「なんやねんそれ」って思いました。(僕は基本ひとりが好きなのでそういう部分の感情がほんとよく分かんないんです)

父親から「お前達を守るために住む場所が必要だ…」と言われて僕名義で借りさされたアパートは自分が生きるための場所確保で、家賃の延滞料の電話が(今もたまに)僕に鳴り続け、それを悩んでいた時に母親から「あんたがサインすんのが悪い」と言われたのは衝撃でした。

後継ぎがいないから…と相談された叔父の仕事を次ぐ決心をして京都に住んでいたら、2年後に「継がせるつもりはない」と言われ、それを一緒にお願いされていた母親には「もうあの人(母のお兄さん)は頑固やからほっといて好きに生きたら良いで…」と、人の2年間の重みを約数秒の言葉でまとめられました。

結局どいつもこいつも、信念と、思いやりに対する想像力がないんですよ。ホントに。(苦労して来た人間がいないので…)

「家族」を信頼出来ないと思っている人へ。

僕はメンタルが弱っている時にポジティブな考えが出来なくなって、こういった風なことを考えてしまったりするんですが。これは愚痴でもなんでもなく、全くの事実であって、冷静になって考えた上でも同じことを言うと思います。(普段はポジティブだから隠せている過去だから)

僕が今回伝えたいことは、決して自分の家族を下げるようなことではなく、多くの人は『家族だから』という理由で、安心とか信頼とかが出来る人と思ってる(というか思い込んでいる)ことが多いと思うんですが、それは必ずしもそうじゃないってことを、自分の過去を例にお話ししたかったんですね。

全ての家族がそうではないんですが、結局のところ『自分が大事』で、自分の許容範囲を超えた時点で放棄してしまう人って家族でも結構いるんです。(血の繋が何故かそこをあやふやする)

で、僕のように、一度は人生を捨てている人間からすれば『一度手を付けたら(不義理なことがない限り)どんなことがあっても絶対という犠牲心』を誓えるんですが、それを最後まで受け止めてくれる人は、必ずしも家族ではないということを覚えておいてください。

ただ、自分が困っている時に、その状況を利用して『都合良く手を差し伸べてくる人(テイカー)』がいたりするので、その点だけ注意して、しっかりと人を見極める努力をしてください。あまり「〇〇だから」と思い込み過ぎると、傷付いてしまうこともあります。

こんなことを書いていますが、もちろん家族との良い思い出は沢山ありますし、むしろそっちの方が多いと思います。で、実際の僕は冷たいわけではなく、家族に対してはすごく思いやりを持っていますし、僕自身は『家族のことなら絶対』という心は持っています。が、こういう一面も持ってますよっていうお話しでした。

一緒に頑張りましょう。

では、また明日。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer