デザイナーとしての価値が伝わる時が「画像を差し替えた時」だと思った話。
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デザイナーとしての価値が伝わる時が「画像を差し替えた時」だと思った話。

2022.07.10
2022.07.10

おはようございます。FOURTEENのコウタです。

京都を拠点にフリーランスデザイナーとして活動しており、毎日休まず続けている、ランニングやブログを通じて感じた「継続は力なり」の大切さを発信したりしています。

京都を拠点に完全独学のフリーランスデザイナーとして活動し7年目。2016年から禁煙をキッカケに始めた毎日ランニングは1,830日、毎日ブログは610日を突破。(2021年12月31日現在)

自分がクリエイターという仕事をしている中で、免許なんてないもんですから「どういうところがデザイナーですか?」って聞かれたとしても「感覚ですかね…」という言葉しか返せません。

毎日のようにブログを書いていても、そこで「デザイナーとは?」という部分を言語化するのが難しいし、それを人に伝えるとなればさらに難しいわけなんですね。

ということで今回は、デザイナーとしての価値が伝わる時が「画像を差し替えた時」だと思った話、についてお話ししたいと思います。

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正解のない仕事だからこそ感じる伝え方の難しさ。

冒頭でもお話ししたんですが、何を根拠にデザイナーなの?って聞かれたら、それを証明するものがないので「何となくクリエイティブなことが出来る人」という認識で伝えるしか出来ません。

きっと周りから見た印象的には「自分にない才能がある人」とか「すごいものを作れる人」とか、完全に専門外の技術を持っている人に見えると思うのですが、当の本人はなかなかそれを実証するのは難しいんですね。

なので結局は作ったものを「結果」として見せることしか出来なくて、日々それを証明し続けるために努力しているんですが、その違いを部分を伝えろと言われたら困ってしまいます。

で、そういう部分に悩んでいる理由としては「後に知識を伝えたい」というフェーズに来ているからで、そこを言語化出来るようになりたいなと思っている今日この頃なんです。

デザインにはある程度のルールはあるけれど…。

皆さんは馴染みがないかもしれませんが、デザインには「黄金比」とか「白銀比」といった言葉があって、その比率に応じた構成にすれば美しく見えるというルールみたいなものがあったりするんですね。

で、なぜその比率に対して人が良く感じるかといえば「自然界」と繋がっていて、例えば黄金比なんかは植物の花びらの規則や、カタツムリの殻の渦の規則性とリンクしていて、要は人が潜在的に美しいと感じる要素ということなんです。

もちろんその比率のルールに沿った形でデザインを組めば美しく見えるのは必然な訳で、もちろんそれを組むことが難しいこともあったり、その良さを表現すること自体も難しいんですが、美しいというよりは「何だか自然と見てしまう」みたいな感じです。

皆さんが知っているものであれば、有名な絵画である「モナリザ」は黄金比が使われていて、普段よく使っているコピー用紙や写真用紙なんかのサイズの基準は「白銀比」が使われていたりします。

デザイナーとしての価値が伝わる時が「画像を差し替えた時」だった。

以前、少し急でデザインを組まないといけなくなった時に、クライアントさんとzoomを繋ぎながら「こんな感じですか?」的な感じでリアルタイムで作業した時があったんですね。

その時に「別の写真に差し替えたら変ですかね?」と言われて、決まった構成(枠組み)の中で写真だけごそっと差し替えたんです。

その瞬間クライアントさんから「写真差し替えても違った良さが出ますね」と言われ、その時にデザイナーとしての感覚で組んだ構成が必然性があるものだと感じました。

表現が難しいんですが、「スタイルの良いイケメンはどんな服を着ても似合う」みたいな感じで、要はデザイナーが意図して組んだデザインは、要素が変わっても美しく感じるということをその瞬間にクライアントさんの目の前で実感したんです。

感覚を仕事にしていくという難しさ。

僕はこのままこの状況を「感覚」ということで終わらせるつもりはないんですが、僕がクリエイターを目指した当初に感じたのは、既にクリエイターとして活動されていた人の作品を見て「どうしてこういう風にしようと思ったの?」っていう感覚でした。

自分にない感覚を形として表現しているという部分に凄みを感じていたんですが、自分がクリエイターとして活動していく中で感じたことは「引き出しは経験と学びの量である」ということでした。

当たり前のことを言うんですが、要するに「沢山のデザインに触れて考えて見て自分で作ってみることの繰り返し」が引き出しとして生まれ、その組み合わせによって表現のバリエーションを増やしていくということです。

その中にデザインの規則的な部分である「黄金比」や「白銀比」なんかを基準に、そのルールを少し崩した形で違和感を生み、違いを生むことで個性として表現するのがクリエイターなんだと感じました。

細かく言えば、文字のジャンプ率(大小の差)や色彩の相性なんかも重要な要素なんですが、自分がクリエイターとして、クリエイティブを言語化することに向き合うためには、もっと深く考えて追求する機会を作っていく必要があると感じました。

僕の後ろに続く人がどれだけいるか分かりませんが、質問されたり、学びたいと感じる人がいた時に、より分かりやすく伝えていけるよう少しずつ言語化していければと思います。

一緒に頑張りましょう。

では、また明日。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer