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誰かと僕が積み上げてきたもの

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2026.11.07
2026.11.07

僕が十数年前に独学でデザインを学び始めた頃、ネット上には今みたいにデザインの情報が豊富ではなく、海外のサイトをなんとなくで翻訳して(当時は翻訳ツールがなかった)、毎日ひたすら「このデザインは美しい」と感じたものを真似して、コピーを作ることで、デザインの基礎や感覚を養っていました。

これは、デザイナーの誰もが通ってきたであろう「模写」という地味な作業で、今は情報も飽和状態で、たくさんの答えやアイデアが転がっていますが、当時は本当に情報がなかったんです。

今はその上で、AIという便利なツールが発達しています。基礎を深く学ぶことすら必要のない状況の中で、過去に作られた作品たちがAIに食わされて、コピーが量産されているように感じています。

そして、この状況にリスペクトがあるのかを考えると、やっぱり僕は寂しくなります。

例えば、AIで生成できるものがデザインではなく、料理だった場合。

シェフが作った料理をAIに食わせて、「似たものを作って」と指示する。そして、できたものを「簡単にできた」と言って、当たり前のように他の人に自分のレシピだとして販売する。

もしもこんな状況が来たら、料理人の人も、今デザイナーが置かれている状況を見て僕が思うのと、同じようなことを思うだろうと思います。

デザインという枠で考えると、今のAIには絶対に負けないと自負しているプロもたくさんいらっしゃると思いますが、事実、AIが作ったもので十分に満足する人はいます。

それが悔しいとしても、何かしらの形で自分を納得させる以外に方法はないんだと思います。

ただ、別に僕はクリエイターとして「クリエイティブへの冒涜だ」と怒っているわけではなく、この状況を俯瞰してみたときに、ただただ寂しいだけ、ということです。

そこに人としての思いやりや想像力の欠如が見えて、「便利だったら何でもいいのか」と考えてしまい、悲しいということが勝つんですね。

要するに、クリエイターとして仕事が取られるっていう不安なんかよりも、人というものが消えていくような不安が勝つということです。

そして、多くの人がこの状況に違和感を感じずに時間が流れていることや、倫理観の急激な変化に当たり前に適応していることに、少し恐怖を感じます。

僕としては、クリエイターという仕事が消えたら、また別の仕事を探せばいいとは思っていますが、このような倫理観の世界に魅力を感じ続けられるかはわかりません。

そんな世界を想像すればするほどに、今は、魅力なんてないんだろうなと感じています。

本来であれば、少し想像すればわかるようなことだと思うんですが、便利さの急激な変化によって、それが突然当たり前になる。

これでいいのかと考える過程すらないまま、自然に、人が積み上げてきた価値を軽んじて奪っている。そういう構図になっていることを、寂しく思っているということです。

「簡単に」と言われれば言われるほど、誰かの何かが薄まっていくような気がして、僕はそんな感覚に染まりたくないと思います。

そういう価値観と競ったり、そういう世界に抗ったりするということではなく、僕はこれからも、誰も真似できない、僕だけにしかできないことを、命が続く限り日々積み上げていきたいなと、改めて思いました。

WRITER
KOHTA FUKUI / Freelance Designer
KOHTA FUKUI
Freelance Designer